魅音の高校デビュー?
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昭和59年春、晴れて高校生となった魅音と中3の圭一、ときどき詩音(魅音と同じ高校)のお話です。
魅音と圭一は恋人として付き合っている設定になっておりますので、ご注意ください。
また、魅音の高校の同級生の男女がモブ的な存在として多数登場しますので、そちらもご注意ください。
朝、高校の教室で仲良くなった同級生の女子たちと談笑していた魅音は突然、「園崎さんってスカート短くしないの?」と尋ねられ……。
「ねえ、園崎さんってさぁ、スカート短くしないの?」
「ふぇっ?」
朝、登校して同級生の女子たち三人と教室の窓際で談笑していた魅音は、突然自分に話題の矛先が向いたことに驚いて、間が抜けたような声を上げてしまう。
「あ、それ私も思ってたー。そのスカート、一回も折ってないでしょ?」
「確かに、この丈だとそうだねー。せっかく高校生になったんだから、もっと可愛くしようよー!」
魅音以外の三人は、魅音の制服のスカートについてあれこれ言い始める。魅音はなんとなく居心地が悪くなってきたことを感じながら、頭を搔くような仕草をして苦笑いを浮かべる。
「いやー……おじさん、短いスカートとか履くの慣れてないし……」
「あははっ、また自分のこと"おじさん"って言ったー! 園崎さんって本当に面白いよね!」
魅音のお馴染みの一人称は、高校で初めて出会った同級生たちにかなりウケていた。その性格も相まって、魅音はクラスメイトの間では"明るく優しくて話しやすい人物"という定評を得ていた。
「もー、せっかく美人さんなんだから、制服も可愛く着こなしちゃおうよ! ねっ?」
「びびびっ、美人って……! おおお、おじさん、そんなっ……!」
また、魅音はこのように褒められ慣れていないところがあったり、可愛らしい部分も持ち合わせている、と密かにクラスで人気を集めつつあった。しかし、本人だけはそのことをまったくもって知らなかった。
「ねえねえ園崎さん、試しにトイレでスカート折ってみない? 私、園崎さんがスカート短くしたところ見てみたい!」
「ええっ……!? えっと、あの、その……!」
雛見沢分校時代は制服のスカートは完全なる膝下丈であったし、普段の私服ではスカートなんて自分では一着も持っていない。魅音は三人の脚元に目を走らせる。ううっ、みんな膝どころか太ももまで見えてる……! 自分のスカートも、こんなに短くなるの……!? 魅音はその場を逃げ出したい衝動に駆られる。
「私も見たーい! まだホームルームまで時間あるし、いこいこっ!」
魅音はまだ親しくなったばかりの同級生たちの前で、この場の流れを覆すようなことはできなかった。女子生徒三人に引っ張られる形で、魅音は女子トイレに連れて行かれる。
「あっ……あのあの、あの……お、おじさん心の準備が必要だなあー……? や、やっぱりさ、今日じゃなくてまた別の日でも……」
「あはははっ、心の準備ってなーに? 園崎さんってばホント可愛いんだから!」
「ほんの二十センチくらい短くするだけだから大丈夫だよ! 私たちは慣れてるもんねー」
女子トイレの奥に連れて来られた魅音は、にやにやとした表情を浮かべ、手をわきわきとさせている女子三人に囲まれる。もう逃げるすべはない、と魅音は完全に諦めつつあった。
「それじゃあ園崎さん、ちょっと腰のあたり失礼するね! あ、ブレザーのボタン開けてもらってもいい?」
魅音は指示されるがままにブレザーのボタンを外す。女子生徒の一人が魅音のスカートのウエストに手を伸ばし、そしてぽつりとつぶやいた。
「……園崎さんって、脱いだらすごそう」
「ふえぇっ……!? なななっ、なにっ、突然……!?」
魅音の顔は沸騰するみたいに熱くなる。まだ朝だというのに魅音はショート寸前で、今日一日の授業が最後まで持つか今から心配だった。
「いや、ウエストほっそいなーって思って……でも胸は大きいでしょ? スタイル良さそうだなあって」
「うんうん。わかるわかる。やっぱりスカートを膝下丈で履かせておくのはもったいないっ……!」
魅音のウエストに触れた女子はスカートのホックを外し、慣れた手つきでスカートの丈を詰めていく。ひんやりとした空気が脚に触れるのを感じ、魅音はぶるっと身体を震わせた。
「うーん、私と同じだとこれくらいかなあ?」
「うん、良いんじゃない? やっぱり可愛いよ園崎さん!」
「ほらっ、ここから向こうの鏡を見てみて! すっごくイメージ変わったよ!」
魅音は三人に促され、トイレの鏡に目をやる。それまで魅音の両膝を完全に隠していたスカートの丈は太ももの真ん中あたりまで短くなっていた。まるで自分ではない誰かを見ているようで、魅音は変な気持ちだった。詩音は制服のスカートをこのくらいの長さにしているので、制服姿の詩音を見ているようだと魅音は感じた。
「じゃあ園崎さん、今日一日このスカートでね! こういうのは慣れが大事だから」
「えええっ!? あっ……足元すーすーするからやだっ……! 戻す……!」
魅音はスカートのウエストに手を掛けるが、すぐに制止される。
「えー、そんなもったいないー。こんなに可愛いのに! 私たちのお墨付きだよー?」
魅音の反論は聞き入れられるわけもなく、魅音はそのまま女子トイレの外に連れ出される。廊下に出ると男子生徒の姿もあり、魅音は恥ずかしさでいっぱいの表情でスカートの裾をぎゅっと下に引っ張りながら歩く。どれだけ下に引っ張ろうとも、露わになった自分の太ももは隠れてはくれない。
「あれー? そこにいるの、お姉じゃないですかー?」
廊下の向こうからこちらに近づいてくる人物とその声に、うわっ、と魅音は思った。タイミングが悪すぎる。一番見られたくない人物に自分のこの状態を見られてしまった……。
「あっ、この子、園崎さんの双子の……」
女子生徒の一人がそう言うのを聞いて、魅音たちの目の前にやって来たその人物はにっこりと笑った。
「はい。C組の園崎詩音と言います。魅音の双子の妹です。よろしくお願いしますね」
魅音以外の三人に向かってそう言っている間も、詩音は魅音の全身を面白そうにじろじろと眺めている。その視線が魅音にはとても痛かった。
「わー……本当にそっくりなんだね。髪が長いところも、美人なところも」
「そっか、双子の妹さんも同じ学校だから、園崎さんのことは魅音ちゃん、って呼んだ方がいいかな?」
「あ、私のことも詩音で良いですよ」そう言って詩音は意味ありげな笑みを浮かべる。「いつも、お姉と仲良くしてくれてありがとうございます。これからも仲良くしてあげて下さいね」
それじゃあ、と言って詩音は魅音たちの横をすり抜けて、その場を離れて行った。
「……魅音ちゃんの妹さん、すごくしっかり者って感じだね」
「うんうん、なんだか言葉遣いとかも丁寧で、お嬢様みたい」
「……いや……詩音はああ見えておっかないから……」
詩音の見かけだけの印象を述べる同級生たちに対し、魅音は力なくそう言うのが精一杯なのだった。
教室に戻ってからは、さらに大変なことが魅音を待ち受けていた。魅音のスカートを短くさせた女子生徒三人は教室内でもきゃいきゃいと、魅音のミニスカートについて話していた。その話を聞きつけたクラスの男子生徒たちが魅音のスカートに注目し始め、ざわざわとし出したのだ。ホームルームの時間が迫っていたので、魅音たち四人は解散してそれぞれ自分の席に座ったところ、教室のどこからかこんな話が魅音の耳に届く。
「なあ……今日の園崎さん、可愛くね?」
「ああ、スカートを短くしたみたいだな。すっげー印象変わっていいよな……」
「すらっとして綺麗な脚だよなあ……今まで隠してたのがもったいないよな」
魅音は今すぐに荷物をまとめて家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。スカートの裾も整え、足を揃えて椅子に座っているが、こんなに短いとスカートの中が見えてしまっているのではないかという落ち着かない気持ちもあり、魅音はその日一日、まったく授業には集中することができなかった。
ようやく放課後の時間がやって来て、魅音はさっさとカバンの中に荷物を詰めて教室をあとにした。魅音の通うこの高校は、鹿骨市の中心部にあった。魅音は高校から興宮の街まではバスで通っており、興宮から雛見沢までは自転車を使っていた。決して通学時間は短くないので、魅音はスカートを元に戻したいと思い、トイレに立ち寄ってスカートのウエストに手を掛けてみた。しかし、スカートは同級生の手によってきっちりと詰められており、慣れない自分が下手に弄ることは躊躇われるような、そんな気がして魅音はスカートを長くすることを諦めて帰ることにした。一日だけ、一日だけ……。魅音は心の中で呪文のようにそう唱えながら昇降口に向かう。
高校前のバス停は、帰宅する生徒たちでごった返していた。魅音はバスを待つ生徒たちの群れの端の方で、学校の塀に背中を預けてバスを待った。カバンで自分の足を隠すようにして、そわそわとしながら興宮行きのバスが来るのを今か今かと待っていた。
一本のバスを見送った後、興宮行きと表示されたバスが到着する。魅音は人だかりの中をすみません、と言いながら前に進み、バスの乗車口に辿り着く。バスの車内に、空いている席はなかった。仕方なく魅音は車内の前方で吊革に掴まる。車内は混み合っており、自分の前後にも人が並んで立っていて、魅音はこのひらひらとしたスカートがめくれやしないかと不安に思いながら、興宮に着くまでの時間を耐えていた。
バスは魅音がいつも乗り降りするバス停にようやく到着する。運転手に定期券を見せて降車口のステップを降りきった、その時。
「よお、魅音。お疲れ!」
聞き慣れた声が耳に飛び込んできて、魅音は目を見開いた。バス停にはいつもの制服姿の圭一が立っていた。
「けっ……圭ちゃん……!? どっ、どうしてここに……!?」
「いや、どうしてって……魅音が昼に分校に電話してきたんじゃねーか。見せたいものがあるから興宮のバス停で待ってて、って」
魅音の頭の中ははてなマークで埋め尽くされかけていた。私、そんな電話してないのに……。その時、魅音ははっとする。まさか。いや、それしか考えられない。詩音だ。魅音は確信する。自分のふりをして圭一に電話ができるのは、詩音以外にはいない。魅音は今朝、スカートを短くした自分を面白そうに見ていた詩音のことを思い出す。
「んで……見せたいものって……その……制服のことか……?」
「っ……!」
察しの良い圭一に、魅音はびくっとする。自分の脚元がいまどうなっているかを思い出して、魅音の顔はかあっと赤くなる。
「……スカート、短くしたんだな」
「あっ……あのあのっ……こっ、これはねっ、今日クラスの子に無理やり丈詰められて……! あ、あはははは……にっ、似合わないよね、こんなの、おじさんには……」
圭一に――大好きな彼に見られていると思うと、魅音は今日学校で感じていたのとは別の不安で胸がいっぱいになるのだった。圭一がいまの自分のこの姿を見て、どう思うのか。魅音にとってはそれがとても怖かった。
「いや……そんなことは、ないけど……」
「えっ……?」
圭一の顔は魅音に負けないくらい赤く染まっていた。
「その……か、可愛い……と思う。……いや、すげー、可愛い……」
圭一はそっぽを向きながら、真っ赤な顔でそう魅音に告げるのだった。それを聞いて、魅音の顔もますます赤みと熱を増していく。魅音はありがとうとか、何か気の利いた言葉を圭一に言いたかったが、頭の中も心の中も、彼の言った「可愛い」という言葉で満たされていて、うまく言葉を紡ぐことができなかった。興宮のバス停では学生服姿の若い男女がふたり、頭から蒸気を出しながらいつまでも佇んでいるのだった。
やがて沈黙に耐えられなくなった圭一が口を開く。
「こ、こんなところに居ても仕方ないよな。そろそろ駐輪場に行って帰ろうぜ、ほら」
圭一は依然として魅音から視線を逸らしたままだが、魅音にさっと左手を差し出した。それを見て魅音は表情を綻ばせる。
「……うん」
魅音は圭一の手を取り、ふたりは興宮の街道を歩き出した。圭一には前にもこのバス停に迎えに来てもらったことがあるが、ここから少し離れた駐輪場まではこうして手を繋いで歩いて行けるので、魅音にとってこの時間はとても愛おしいものだった。圭ちゃんと手を繋いで歩くこの時間が、永遠に続けばいいのに……。
「あのさあ……魅音」
「な、なに?」
「その……明日からもスカート、こうするのか……?」
なぜ圭一がそんなことを気にするのだろう、と魅音は一瞬疑問に思ったが、もしかして。魅音はこの際だからと、思いきって圭一にとあることを聞いてみる決心をした。
「けっ……圭ちゃんは、その……短い方がいいと、思う……?」
その言葉に圭一はぴたっとその場に立ち止まる。魅音も一緒に立ち止まり、何か変なことを聞いてしまったかと不安になって圭一の顔を見つめる。明日から私がスカート丈をどうするのか気にしているくらいだし、圭ちゃんはミニスカートとかやっぱり好きなんだろうか。それを知りたいがゆえの質問であったが、タイミングを間違ったのかもしれない――。そんなことを魅音が考えていると、圭一はおもむろに口を開いた。
「魅音、あのさ……その……高校では、その……スカート短くするの、やめて、ほしい」
圭一はとても歯切れ悪く言葉を発する。
「あ……そ、それはいいけど、どうして……?」
「……今日の魅音、か、可愛すぎる、から……ほっ、他の男に見せたくねーんだよ……」
圭一のその言葉に、魅音の胸の奥がきゅぅ、っと熱くなる。圭一の横顔も、再び真っ赤に染まっていた。圭一がこんなことを言うなんて、魅音には想像もつかなかった。なにそれ。なに、それ。そんなの、まるで"彼氏"のセリフみたいじゃん……。
いや、圭一は紛れもなく魅音の彼氏だった。魅音は雛見沢分校の卒業間際、一大決心をして圭一に自分の秘めた想いを告げ、ふたりは恋人として付き合い始めていた。しかし、それからまだ三ヶ月と経たず、ふたりはいまだ親友同士だった頃の勢いがなかなか抜けていなかった。そんな状態だったものだから、魅音は圭一が言った言葉に対して本当に驚くとともに、どうしようもない嬉しさがこみあげて来るのだった。
ふたりはそのまま、駐輪場に着くまで、いや着いてからも何も話さなかった。黙って自転車を発進させ、雛見沢へと向かってペダルを漕いでいく。雛見沢に入ったあと、圭一は園崎本家の前まで魅音と一緒だった。いつもなら少し話をしてから別れるが、今日の圭一は魅音にそれじゃ、とだけ言って帰ろうとした。
「けっ……圭ちゃんっ!」
魅音は圭一を呼び止める。
「な、なんだ?」
「あの……」魅音はきゅっと両手を握りしめる。「あっ、ありがとう……ね」
「……おう」
圭一は恥ずかしそうにそれだけを言い、自転車を漕ぎ出した。魅音はその背中をぽーっと火照った顔で、見えなくなるまでずっと見つめていた。
魅音が学校で珍しい格好をしていたあの日の夜。詩音の元には魅音から電話が掛かってきていた。どうせ圭一に電話したのが自分だということに気づき、文句でも言いに連絡してきたのだろう。詩音は魅音が電話の向こうできゃんきゃんと文句を並べたてるのを楽しみにしていたが、魅音はなんと、
「詩音、あの……あ、ありがとうね。それだけ。また明日、学校でね」
それだけを詩音に伝えて、魅音はがちゃりと電話を切ったので詩音は目をぱちくりとさせるばかりだった。どうして自分がお礼を言われるのだろう。バス停に圭ちゃんがいた! スカートを短くしてるのを見られて恥ずかしかった! どうしてくれるの詩音っ! ……そんな文句を言われるとばかり思っていただけに、改まってお礼の言葉を告げられるというのはまったくもって予想外のことであった。
さらにその翌日の夜、再び魅音から詩音に電話があった。
「しお~ん……どうしよう、どうしよう……! クラスの子に圭ちゃんのこと言っちゃったぁ……!」
今度はいったい何かと思えば、魅音は昨日一緒にいた仲良しの同級生たちとの会話の中で、つい弾みで「彼氏がいる」という発言をしてしまったのだとか。その直後、あの三人にさんざん圭一のことについて根掘り葉掘り聞かれたという魅音の泣き言を聞きながら、詩音は内心やれやれ、と思っていた。
「お姉。そんなボロを出すなんて、何か圭ちゃんとの間に良いことがあって浮かれていた……そんなところなんじゃないですか? 昨日の今日で、どーしてそんなことになったのか、一からみっちり説明してもらうからね」
図星ですと言わんばかりの、電話の向こうにいる魅音の反応を堪能する。そんな詩音の顔は厳しい口調とは裏腹に、優しく微笑んでいたのだった。
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